今朝、ムーンライトながらに乗って東京に戻ってきました。
いつもなら眠れずに熱海(JR東海とJR東日本の境界です)で駅名板やら案内放送が変わるの見聞きして東京に戻りつつあることを知るのですが、今回は豊橋を過ぎてから意識が遠くなったようで、次に気付いたときにはすでに浜松町付近を走っていました。
大体東京に着いてまずすることと言えば、自分の中で東京一のヒーリングスポットと位置づけている浅草寺に朝一番に詣でることなんですけど、早速行って見るとなんと早すぎて門が閉まっている。6時半にならないと開かないというので、しかたなく近所のマクドで小休止して、6時半ちょうどにお堂の中に入ってお参りをしてきました。無病息災、交通安全、商売繁盛、そして、無事毎日会社でお務めできますように、と。
恒例のおみくじですが、「吉」でした。浅草寺はちまたでは「凶」が多いと有名らしいですけど、あまり自分は凶を引いたことがありません。やはり朝一のこころがけがいいのでしょうか。未来から幸運が近づいている相で、今後が少しだけ楽しみになりました。
大体夜行をつかって移動することが多いので、目覚めたらいきなり名古屋(中津川)、また逆に目覚めたらいきなり東京ということが多いのです。例えばこれが新幹線だったら、3時間というクッションの時間があり、徐々にのどかになっていく風景を眺めながら心の準備ができるのですが、夜行だとこれがまったくできないので、スイッチがなかなか切り替わりません。だから、中津川の街と東京の街を、ある意味余計なバイアスがかからず、イーブンな視点で眺められるのかなと思います。
前の市長さんが道路整備に熱心だったおかげで、中津川へ帰って来ると人や車が少ないことと相俟って、非常にすっきりとした感じがします。逆に、人や車が少ないので、東京ではあたりまえの「お祭りのようなにぎやかさ」が当然無く、何だか東京では人波に紛れてうかれぽんちになっているんじゃないかと考えさせられます。田舎に東京の華やかさをそのまま持ち込むことは、非常にナンセンスだと思います。田舎には田舎らしい「テンポ」があり、その「テンポ」に合わせた形で東京の洗練された文化を融合させることこそ、田舎が新陳代謝を繰り返して前進して行く糧になるのではないか。それを具現化したナガオカケンメイ氏の「D&DEPARTMENT」プロジェクトは、見習うべき点が多々あるのではないかと思います。
閑話休題。
世の中には通訳を生業とされている方が大勢いらっしゃいます。その方々は単に字面を直訳して相手に伝えれば務まるのかというと、そうではなくて、その通訳する対象の文化や習慣などの背景を織り交ぜながら、より深く相手に理解を深めてもらい、より深くコミュニケーションが交わされるように気を配らねばなりません。そのために、例えば通訳案内士の方は、我ら日本の文化を本当によく勉強されていて、それを日々冗談を織り交ぜながら、外国と日本の橋渡しをされている訳です。
東京と中津川。同じ日本にありながら、言葉も文化もまるで違います。言葉も標準語と中津弁の二カ国語を話せるようになりました。立ち食いうどんで、うどんがつゆに染まってまっ茶色になるのにも慣れました。割り下を使ってすきやきを食べるのと、刺身醤油(たまり醤油)を使わずしてふつうのお醤油でお刺身をいただくのには、まだ抵抗があります。もんじゃだって立派に作れます。そんな上京11年目の自分は、丁度中津川と東京の間に立てる存在になれるような気がしてきました。ゆくゆくは、東京と中津川を媒介する「通訳者」になりたいと思っています。